雪の降った翌朝「雪国の宿 高半」の客室から見えた越後湯沢の風景。山峡に集落が広がる様は昔も今も変わらない。
Photographs●小川宏子 Text●塩田典子
SUBARU on the Road
新潟文学紀行
〜川端康成『雪国』の面影を辿る〜
新潟県湯沢町〜南魚沼市〜魚沼市
雪の降った翌朝「雪国の宿 高半」の客室から見えた越後湯沢の風景。山峡に集落が広がる様は昔も今も変わらない。
Photographs●小川宏子 Text●塩田典子
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」のフレーズで有名な川端康成の名作『雪国』は、新潟県湯沢町からストーリーが始まる。小説に登場するスポットには今も実在するところが多く、川端が構想を巡らせ、執筆したという旅館にも滞在でき、主人公になった気分で追体験できる。季節は、まさに冬本番。小説の情景を想起させる、しんしんと雪の降る新潟をマグネタイトグレー・メタリックのフォレスター Advanceとともに辿った。
上越線の鉄道遺構から
物語の主軸となる宿へ
「県境の関越トンネルを抜けると曇天が広がっていた」。群馬と新潟の県境、越後山脈を貫く関越トンネルは国内第2位の長さを誇り、小春日和だった青空は一転、越後独特の冬空へと変わった。湯沢ICから一般道を10kmほど戻り、上越線土樽駅を目指す。ここは小説の冒頭で主人公・島村が湯沢駅を目指す直前、信号所として登場する。木造の小さな無人駅で、待合室では登山客が暖を取っていた。ホームに出ると「土樽駅 清水トンネル」という近代化産業遺産の看板が。この清水トンネルこそが、小説の書き出しに登場する上越線土合駅と土樽駅間の長いトンネルのこと。大正11(1922)年、群馬県側から手掘りで掘削を開始、9年をかけて完成、上越線が全線開通した。この煉瓦造りの清水トンネルをひと目見ようと地図を頼りに進むと、上越北線直轄工事慰霊碑のそばに、清水トンネルと新清水トンネルの坑門が並ぶポイントを発見。ちょうど下り列車が新清水トンネルから出てきた。現在、清水トンネルは上り線専用のため、小説通りの情景には出会えない。
清水トンネル(奥)の入口と新清水トンネル(手前)の出口が見えるポイント。上越線は1日8往復の運行なので列車の走行に遭遇するのは非常に稀。
『雪国』では信号所として登場した「土樽駅」。入口横には登山ポストも。
土樽駅の駅名標。
次に目指すはメインの舞台とされる宿。上越線の下り方面、湯沢中心部を見下ろす高台に島村と芸者・駒子が恋物語を紡ぐ「雪国の宿 高半」がある。約900年前に宿の祖が源泉を見つけ、36代受け継がれる老舗宿で、川端康成は昭和9(1934)年から3年に渡り、逗留して『雪国』を執筆した。建物は後に改装されるが川端が滞在した「かすみの間」は移築保存され、当時のままの部屋を見学できる。雪見障子からのぞく雪景色や火鉢の灰をかきならす描写、島村と駒子のやりとりを思い浮かべた。毎晩20時になるとシアタールームで映画版の上映会が開かれる。実は昭和31〜32(1956〜57)年、この宿を拠点に映画撮影が行われた。当時の建物は木造3階建てで、風情ある帳場や階段、浴場、茅葺民家が続く湯沢の集落も今はない。時代の変遷を感じると同時に、旧き良き宿や湯沢の町をモノクロ映像で愉しめて、またとないひと時となった。翌朝、窓を開けると町や山々はすっかり雪化粧。雲海の隙間から射す朝陽が反射して輝いて見えた。上越新幹線や関越道が加わりはしたが映画で観た情景と重なった。
宿の周りには小説に登場する「諏訪社」や共同浴場「山の湯」もあり、宿を拠点に巡ることができる。
諏訪社の境内には、小説で「恐ろしい神の武器のよう」と比喩された樹齢400年の大杉や、駒子が座ったとされる「狛犬のそばの平な岩」も残っている。
「雪国の宿 高半」のお風呂はとろみのある源泉がそのまま注がれ、湯の花が舞う。女湯のみ露天風呂があり、夜は幻想的な雰囲気に。
「雪国の宿 高半」の館内には文学資料室もあり、『雪国』の初版本(写真)や映画の台本、自筆の本や色紙、手紙などを鑑賞できる。
『雪国』が執筆され、小説の中で島村と駒子が愛を育む湯宿の客室のモデルとなった「かすみの間」。宿泊者のみ7〜10時に見学可能(17時〜解説付きの見学ツアーも開催)。
布海苔がつないだ
塩沢の織物とへぎそば
降雪の翌日は凍える寒さ。フォレスターのシートヒーターを最強モードにして国道17号を直進、旧三国街道の塩沢宿へ。江戸と越後を結ぶ三国街道沿いの宿場町として栄え、ここで織られた越後上布[えちごじょうふ]や塩沢紬[しおざわつむぎ]は特産品として江戸へ運ばれた。牧之[ぼくし]通りは蔵造りの家々と雪国特有の雪よけ屋根・雁木[がんぎ]が整備された街並みが再現されている。主人公・島村は麻の縮を好んで着ており、自分の縮を毎年産地へ雪晒しに出していて、小説後半に越後湯沢の温泉宿から上越線で川下の縮[ちぢみ]の産地へ向かう一節がある。どことは書かれていないが「温泉場に近い」を手がかりに、越後上布や塩沢紬の織元で、情報発信を行う「塩沢つむぎ記念館」を訪れた。越後上布は約1200年の歴史を持ち、奈良の正倉院に保存されている。約350年前には絹糸に強撚糸[きょうねんし]を用いたシボ織物(絹縮[きぬちぢみ])の本塩沢[ほんしおざわ]が生まれた。2階では苧麻[ちょま]の繊維・青苧[あおそ]で麻糸を紡ぐ工程から、地機[じばた]で織る工程まで越後上布の製造工程が紹介され、織り実演も行われている。「越後上布は1日かけても20cm程度、一反織るのに半年以上かかります。麻糸は乾燥しやすいので湿度の高い雪の日に織るのが最も良く、織り上がる頃には黄ばみが現れるため、2月末〜3月の晴れた日に雪上に織物を晒し、漂白します」と織り手の丸山由貴菜さん。麻糸のコーティングや本塩沢のシボを作るのには海藻の布海苔[ふのり]を使う。布海苔といえば新潟名物・へぎそばのつなぎとして有名。
手紡ぎの麻糸を用いて地機で織られる平織の絣織物・越後上布は、国の重要無形文化財でユネスコの無形文化財に登録された。乾燥しやすく切れやすいため、水で湿らせながら織り進む。
塩沢の織物は糸を染めてから織り上げる先染。本塩沢は横糸に右撚と左撚の強撚糸を交互に織り込み、布海苔で固めて湯で落とすと縮の風合いに。
塩沢紬のストール19,500円、ショールピン1個1,950円。
「塩沢つむぎ記念館」の南雲正則館長。
島村は織物の産地から上越線でさらに川下へ向かい、尼寺近くの駅で下車、寒さ凌ぎにうどんをすすっている。上越線に沿って続く国道17号を北上するも、へぎそばで有名な新潟だけに周辺にうどん店は皆無。魚野川を渡り、昔ながらの雁木の面影が残る国道352号を経て、国道291号をさらに進むと「生そば 小松屋」で、へぎそばとうどんとの合い盛りに出会えた。へぎに一口大に丸めて盛り付けられたそばもうどんも、自家製麺で程よくコシがあり、スルスルっとお腹に収まった。そばには北海道産の蕎麦を挽きぐるみで使うため、そばの風味が際立つ。
単行本刊行から90年近くを経て、交通網の整備や土地開発で町は様変わりしたが、伝統工芸や食・温泉文化は脈々と受け継がれている。そして雪は昔も今も色彩の乏しい越後の冬を華やかに魅せる重要な要素だと再認識できた。
雪国特有の雁木の街並みが再現された「塩沢宿 牧之通り」。日本酒の蔵元や飲食店、土産店などもあり、ベンチで休み休み散策が楽しい。
創業約50年、「生そば 小松屋」のへぎ合い盛り。写真は2人前1,790円。ネギ、ワサビ、天かす、すりゴマを薬味に味わえる。
小上がり席の雪見障子を上げると田んぼの向こうに八海山が。その左手には中ノ岳、越後駒ヶ岳の頂も浮かび、越後三山を一望。
関越トンネル〜土樽駅〜清水トンネル 坑門(上越北線直轄工事慰霊碑付近)〜雪国の宿 高半〜塩沢つむぎ記念館〜生そば 小松屋
雪国の宿 高半
TEL:025-784-3333
新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢923
宿泊料金:1室2名利用で
1泊2食付き16,500円〜
http://www.takahan.co.jp
塩沢つむぎ記念館
TEL:025-782-4888
新潟県南魚沼市塩沢1227-14
OPEN 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:年末年始
入館料:1階展示・販売場 無料
2階織工房・資料室 大人400円
機織り体験 3cm 1,000円(約15分)〜
https://www.tsumugi-kan.jp
生そば 小松屋
TEL: 025-799-2056
新潟県魚沼市今泉1545-1
OPEN 11:00~14:00(13:30LO)
17:00~18:30(18:00LO)
定休日:水曜日
※金額はすべて消費税込み。2023年12月現在のものです。
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