クロストレック、新型インプレッサを開発するにあたり、ボディ設計部では車室内の空間という観点で“上質さ”をさらに向上させたいと考えました。スバルグローバルプラットフォームの採用で走りの質感は高いレベルに仕上がってきましたが、欧州のハイグレードモデルと比較すると車室内の質感にまだ物足りなさがあったからです。そこで着目したのが路面の突起を乗り越えたときの音・振動です。今回、群馬大学医学部と共に人体構造に着目して乗り心地を良くする研究を行っており、シートとボディとの締結部の剛性を高めたり、乗員の頭の揺れを抑えるために背もたれに骨盤と仙骨を支えるブラケットを付けたりしました。その過程で造った車両の実走状態を再現した加振機に乗ってテストしてみると、録音された実走時の車内音を聞きながら乗るのと音無しで乗るのとでは、乗り心地の体感は後者の方が圧倒的に良いことが分かりました。
走行中、路面の凹凸を拾ってタイヤで発生した振動はサスペンションを介してフロア、ドア、ルーフに伝わっていきます。中でもルーフは面積が大きいため共振しやすいのです。ルーフが振動すると車室内の空気の体積が変動し、それが空気伝搬音として乗員に伝わり、三半規管を刺激して不快感やクルマ酔いの原因となるのではないか? と仮説を立てました。時を同じくして先行開発部門で振動を吸収する機能を持つ接着剤“高減衰マスチック”を開発し、活用方法を考えていました。そこで、この新しい接着剤をルーフ部に施した試作車をつくって検証したところ、ルーフが起振源となって発生する残響音が減り、乗り心地の質感を向上できることが明らかになったのです。
マスチックというのは木工用ボンドほどの粘度を持つペースト状の材料で、これまでもルーフとルーフを補強する補強材(ブレース)を接着するために用いていました。新型インプレッサの場合、補強材は4本(サンルーフ付き車は3本)あり、1本あたり13カ所に設けられた溝にマスチックを塗布します。その上にルーフを重ねるとマスチックは溝の形状に沿って楕円形につぶれ、後の塗装工程で熱を加えるとある程度の弾力性を残したまま硬化してブレースとルーフを接着します。
高減衰マスチックは接着剤に減衰性に優れた有機成分を添加することで、接着と減衰の二つの機能を持たせた構造材です。見た目や粘度は従来のマスチックと同じで、射出箇所や作業工程も従来と同じです。ただ、ルーフを載せて加熱した後の触感は従来のマスチックよりもやや弾力性があります。
従来車と比較すると高減衰マスチックを使った車両は、走行時に路面の突起を乗り越えたときの室内の音・振動の収まり方が明らかに違います。従来のマスチックでは振動が残響のように残ってしまうのに対し、高減衰マスチックはすっきりと収束します。ルーフに当たる雨音も聞き比べると違いが分かります。
今回SUBARUらしさを感じたのは、車両の品質を確保するための評価の厳しさです。ルーフと補強材を接着する材料を置換するということで、外観品質、具体的にはルーフ面に凹凸などの影響を及ぼさないか? というところで議論はかなりヒートアップしました。設計だけでなく材料研究部、生産技術部も巻き込んで、量産条件を加味したテストピースでの評価や実車評価を何度も繰り返しながら、高減衰マスチックの塗布量やルーフとブレースの間隔を造りこんでいきました。
このような地道な努力を積み重ねて量産化できた開発の成果は、軽くルーフを叩くだけでも実感できますので、ぜひお店で試してみてください。
今月の語った人
株式会社SUBARU 技術本部 ボディ設計部 ボディ設計第四課
山形県最上郡金山町生まれ。森林や田園など自然に恵まれた環境のもと、小学生の頃から野球とクロスカントリースキーを楽しみながらのびのびと育つ。金山町はニラの栽培が盛んで、今も故郷に帰ると必ず近くのラーメン店で地元産のニラを使ったニラそばを食べる。休日はアウトドアでのんびり過ごすのが好き。キャンプ場にも行くが、自宅の庭で気軽に家族や友人と焚火台の焚火を囲むだけでもOK。お気に入りのキャンプ道具はホットサンドメーカー。最近太田名物の焼きまんじゅうをホットサンドメーカーで焼いて食べたら美味しかったそう。旅と温泉も好きで全国各地の秘湯めぐりを楽しんでいる。これまでに泊まった中では広々として趣のある長野県の仙仁温泉が印象に残っているという。
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