WRX STIやその前身となるインプレッサWRXには、1990年代からドライバーが手元の操作でセンターデフの効き具合をコントロールできるDCCDという機能を備えたAWDシステムが採用されています。SUBARUは、これに市場やモータースポーツからのフィードバックを反映し改良し続けており、2014年発売のWRX STIのDCCDはセンターデフに機械式LSDと電子制御LSDを組み合わせた機構でした。これが電子制御LSDのみになったのが今回のWRX STIの大きな変化点です。狙いは、気持ち良く曲がれるクルマにするため。
クルマの4輪は常に同じ速さで回転しているわけではありません。その回転数の差を吸収しつつ各タイヤに駆動力を伝えるために、左右輪の間にはデファレンシャルギヤ(以下、デフ)という機構があります。AWD車の場合には、前後輪の間の回転差を吸収するために前後輪の間にもデフ(センターデフ)があります。
しかし、デフはそのギヤの構造上、一輪が空転(スリップ)してしまうと他のタイヤに力を伝えられなくなってしまいます。これを解消するのがLSD(リミテッド・スリップ・デフ)。デフの働きを制限し、どれかのタイヤが空転してしまうような路面でも他のタイヤに力を伝えられるようにする装置です。DCCDはセンターデフのLSDを電子制御化したもので、路面状況に合わせてドライバーがLSDの効き具合を、コントロールできるようにしたものです。従来のDCCDはこれに機械式LSDが組み合わされていました。
電子制御LSDのみとしていなかったのは、機械式LSDを常時わずかに働かせておき、LSDが働き始めた時の挙動変化を減らしクルマの安定性を保つため。しかし、現在のWRX STIは安定性をシャシーやボディで確保できるようになったため、満を持して新しいDCCDが採用できたのです。(山岸)
今回のDCCDの制御をプログラムするにあたっては、前述の機械式LSDのメリットである安定性をきちんと残しつつ、旋回性を高めることに注力してきました。
従来のDCCDは、わずかではあれ常に機械式LSDが働いているため、特にワインディングのコーナーなどハンドルを大きく切った状態でアクセルを踏んだ時に「曲がりにくい」と感じさせることがありました。DCCDの変更により新型WRX STIはステアリングを切った分だけ曲がり、狙い通りのラインを走れるようになっています。それはサーキット走行のようなハードな走行でなくても、一般道のワインディングを40km/hくらいで曲がろうとした時などでも感じていただけるものです。これまでのWRX STIは「AWDの走らせ方を熟知している玄人に、その愉しさがわかるクルマ」だとしたら、新しいWRX STIは「どんな方にでも、その愉しさが味わえるクルマ」に仕上がっていると言えます。
SUBARUではいわゆるテストドライバーと言われる研究実験担当のエンジニアだけでなく、私たち制御担当のエンジニアや山岸のような設計担当のエンジニアも、実際にハンドルを握りクルマを走らせながら開発を進めます。自分で運転してみて、感じたこと、起きたことを制御や設計に落とし込んでいく。ここにSUBARUでクルマを開発する面白さがあります。私自身、そこに魅力を感じ、SUBARUという会社を選びました。開発に関わる人間が実際にクルマを走らせながら、しかもそれを愉しみながら造っている、そこがSUBARUらしいところだと思います。(左右田)
DCCDの断面図。従来の電子制御LSDと機械制御のLSDの組み合わせから電子制御LSDのみの構造に変更。これまで以上に意図した通りに曲がれるハンドリング性能を実現している。(図)
実際に搭載されているコントロールユニット(左手前)とDCCD(左奥)。右手前が新しいDCCDのサンギヤ。(写真)
今月の語った人
(株)SUBARU 第二技術本部 電子技術部
1988年愛知県生まれ。学生時代にはまっていたのは自作スピーカー。就職後は、唯一大きな音が出せるカーオーディオを、自分でこだわりのスピーカーに変え、運転と音楽鑑賞を愉しんでいる。
(株)SUBARU 第二技術本部 トランスミッション設計部
1980年福島県生まれ。2008年にスバルに中途入社。兄の影響でボールを蹴りはじめて以来、サッカーを続けている。現在も地域のリーグに所属していて、毎週末、練習か試合。
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