本題に入る前に、オートマチックでは味わえない“MTならではの愉しさ”についてお話します。端的に言うとそれは“クルマの駆動部分をすべて自分で操作する愉しさ”です。例えばクラッチを踏む自分の足の力加減ひとつで、エンジンのトルク伝達量が変わります。アクセルペダル操作に合わせてシフトでギヤを変え、自分が思った通りにクルマのスピードを制御することができます。慣れないとなかなかうまくコントロールできないかもしれませんが、運転に習熟して意のままにクルマを動かすことができたときの愉しさは、MTならではのものです。
私の仕事は、SUBARUのMT車のシフト、クラッチ、ハンドブレーキ等の開発です。SUBARUのMTに求められる第一の使命は“ミスシフトしない正確性”です。それをクリアした上で、クルマのキャラクターに合わせた“操作感”を造り込んでいきます。
BRZ開発のキーワードは“ダイレクト感”つまりドライバーが意図した通りにクルマを操ることができることでした。ステアリングなら切れば切っただけ瞬時にピタリとクルマが曲がり、アクセルであれば踏めばその踏み加減に合わせてすぐに加速するということ。私たちが担当するギヤシフトの場合、操作すればすぐにピタリと正確にギヤが入ることでした。イメージしたのはカチッ、カチッと入る軽快なフィーリングです。
シフトの操作感は主にストロークの長さと剛性によって左右されます。ショートストロークにすれば、それだけ早くチェンジすることができますが、操作力は重くなります。剛性を上げるとダイレクト感が増しますが、上げすぎるとミッションの振動が全部手に伝わってきて操作時も硬くて手が痛くなってしまいます。一方で、剛性が低すぎると操作時にグニャグニャした感じになり、どこのポジションに入ったかも曖昧になってしまうのです。
BRZのシフトは操作時に軽さ感を出しつつショートストロークとし、剛性を高めた上で、振動などの雑味を抑え、すっきりとした印象のシフトフィーリングを目指しました。
目指すシフトフィーリングを実現するためには、まず剛性を上げる必要がありました。そのために、今回SUBARUで初めてシフトレバーのユニットとミッションケースとを固定する固定点(マウント)を2点としました。ミッションのコントロールシャフトは、コントロールロッドを介してシフトレバーに繋がっています。そのコントロールロッドの台座をしっかりと固めたのです。
下の写真Aで従来のタイプと見比べてください。従来は一本の鉄製のパイプ(ステー)で、固定点1つでミッションケースとつなげていました。BRZでは剛性が高く軽量なアルミ材を用いた専用の台座(リテーナー)を使い固定点を2か所としています。
これを採用するためには、ミッションケース側も専用に設計しなければならないため、BRZのようにゼロから新型車を開発するようなチャンスが無ければ実現できないのです。
固定点を2点にしたことで、最も大きく変わったのはシフトの正確性です。シフトレバーをセレクト方向(左右)に動かす際、その基部の剛性が高いため、どのポジションにあるのかが瞬時に把握できます。そこで、レバーを前後方向に動かしてやれば、スコンと吸い込まれるように気持ち良くギヤが入る。この感覚の違いは、乗り比べていただければどなたでもすぐにお分かりいただけるものです。
昔スポーティなMT車に乗っていた方は、この軽快なシフトフィーリングに驚かれることでしょう。初めて扱う方には、“MT車の愉しさ”が何であるかを肌で感じていただけるはずです。一人でも多くのお客様にこのフィーリングをご体感いただき、“クルマを操る歓び”を発見していただけたら嬉しいです。
今月の語った人
株式会社SUBARU
第一技術本部 シャシー設計部 シャシー設計第二課
1989年栃木県・宇都宮生まれ。生家の近くにはSUBARUの航空宇宙カンパニーがあり、SUBARUには子どもの頃から親しみを感じていた。餃子の町として有名な宇都宮には、多数の餃子店があるが、中でもお気に入りの餃子店は「まさし」。本文にもあるようにMT車を運転するのが好きで、愛車はBRZ。同じくBRZに乗っている友達と一緒に2台のBRZでキャンプ場に出かけるのが楽しみ。他にもバイクのカスタマイズも楽しんでいるが、最近お子さんが生まれて家族が増えたので、そろそろ家族で移動できるSUVにシフトしようかなと悩んでいるそう。
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