振動や騒音など、クルマの質感を損ねる音を抑えるのが私の仕事です。上質な室内空間を追求した新型レガシィ アウトバックでは、ドアを開けてクルマに乗り込んだ瞬間から目的地に着くまですべての時間において新型レガシィ アウトバックに相応しい静粛性を提供することを目指しました。中でも特に重視したのはクルマに乗り込み、ドアを閉めた後に訪れる静寂感です。開発チームではこれを “サイレント感”と名付け、開発目標のひとつとしました。
質感を損ねる不快な音の発生源は、エンジンやトランスミッションが動く際に発生する音、路面の凹凸により発生するロードノイズ、走行時の風切り音、走行中の振動によって内装品等が軋んで発生する雑音等、多岐にわたります。質感を上げていくにはこれらすべてを低減していく必要があります。ただし、エンジンや吸気系排気系の音についてはある程度の音量が好まれる場合もあるため、車両コンセプトに応じて敢えて音量を落とさないようにする場合もあります。新型レガシィ アウトバックではゆったりとした加速の際は音量を下げ、アクセルを強く踏み込んだ時にはエンジン回転と共に音がリニアに上昇する気持ちの良い加速音を愉しんでいただけるように音色をコントロールしています。エンジン、吸排気系以外は基本的に無音が理想です。
キャビンの静粛性を高めるためには、音の発生源から乗員の耳に届くまですべての経路を最適化して音を抑え、抑えきれない音に対しては遮音、吸音する部材を最適な位置に配置してキャビンに音が侵入しないようにします。新型レガシィ アウトバックでは加速時の耳障りな高周波音を低減するため、音源となるエンジンを取り囲むように吸音材を配置しました。これは、音源に近い場所で吸音するという考えに基づいた設計で、ストラットタワー部分にまで吸音材を拡大しています。また、エンジンルーム後方をご覧いただくと、前席の足元部分まで隙間なく吸音材・遮音材が施されていることがお分かりいただけます。ボンネットフード裏側には垂直方向に空間の余裕があるため、ガラス繊維を内蔵した吸音材を設置しています。ガラス繊維は音の振動によって摩擦熱を発し、振動エネルギーを熱エネルギーに換えて音を抑えます。エンジンを車体に固定するエンジンマウントも主要な音の経路の一つです。このマウントの構成部品をアルミ化して剛性を高めることでエンジンから車体への振動伝達を低減させると共に、ブラケットが共振して発生する音の変化を抑え、エンジン回転と共にリニアに上昇する加速音にも寄与しています。
新型レガシィ アウトバックの静粛性開発においては、従来以上にCAE*解析を活用しています。エンジンルーム内の防音材の配置についても、エンジンルームから車室内に透過する音をシミュレートして可視化することで、合理的な防音材の仕様を高い精度で決めることができました。さらにCAE解析の検証として音響ホログラフィー計測を行なっています。従来は試作車で音の問題が生じたときに音の発生源を調べるために行なっていた計測ですが、近年ではCAE解析でそれを事前に予測できるようになったため、その予測を確認するために試作車を作って音響ホログラフィー計測を行ない、検証しています。エンジン以外にも高速走行時の風切り音に影響するドアミラーの形状や取り付け位置、不快な低周波振動を抑えるために必要なボディ剛性の向上などにCAEを活用し、短い時間で高い精度の開発をすることができました。
今回ご紹介したのは静粛性に貢献する部品のほんの一例で、実際はボディ、シャシー、内装、外装ほぼすべての部品が関わっています。特に防音材の多くは普段見えない部分にありますが、静粛性を支えている縁の下の力持ちです。ぜひお店で新型レガシィ アウトバックにお乗りいただき、ドアを閉めた瞬間の“サイレント感”をご体感ください。
今月の語った人
車両運動開発部 主査6
茨城県那珂郡東海村出身。原子力研究所など原子力発電の関連施設があることで知られているが、農業が盛んで特産の干し芋を作るためのサツマイモ畑が多く、冬季になると甘味豊かで柔らかい食感の干し芋があちらこちらで売られている。現在は栃木県足利市在住。地元でお気に入りの場所は渡良瀬川の河川敷にある五十部公園。競馬場の跡地に作られた広々とした公園で子ども用遊具もあり、家族で一日のんびりと過ごすことができる。
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