2008年にSUBARUが本格的にNBR24Hへの参戦を開始してから今年で12年目を迎えます。WRX STIはこれまで11戦中5戦でクラス優勝という好成績を残しています。私は参戦当初からこのプロジェクトに関わってきましたが、WRX STIの一番の強みは何かと聞かれれば、迷うことなく“シンメトリカルAWDであること”と答えます。その背景にはこのレースの特殊性が挙げられます。
コースは一周25.38kmもあり、高低差は300m。幅は狭く先が見通せないコーナーもあり、路面コンディションは通常のサーキットのように整っているわけではありません。また、サーキットが設けられているエリアが広いため走行場所によって天気が変わり、局地的に雨や雹[ひょう]に見舞われることもあります。エントリー台数は170台と多く、自動車メーカーが造った本格的なレーシングマシンからプライベーターが手造りした小排気量車まで、さまざまなクルマが混走します。混雑して見通しの悪いコースでは参戦車両の速度差も大きいため、事故やトラブルが起きやすく、24時間を完走できるクルマは65%程しかないのです。WRX STIも2017年にトラブルに巻き込まれてリタイアしましたが、それ以外は10戦完走しています。その理由として天候や路面の急激な変化に適応できる走行性能を持っていることが挙げられます。
路面が乾いている時は接地面積を最大にするため溝のないスリックタイヤで走行しますが、排水機能がないスリックタイヤは路面が濡れるとスリップしやすくなります。そこで降雨時には溝のあるウェットタイヤに交換するのですが、ラップタイムが9〜10分かかるNBRではなかなかピットまで戻ってこられません。このような場面でSUBARUシンメトリカルAWDは、路面状況に合わないタイヤでもコントロールを失わずにピットまで無事に戻ることができるのです。
NBR24HではレギュレーションによってAWD車には2WD車よりも50kg重いウエイトハンデが課されます。前述の通り状況変化に強いという利点があるからですが、レーシングカーにとって50kgのハンデは大きいため、AWDのモデルを2WDに改造してエントリーしてくるメーカーもあります。私たちも2WDを検討したこともありましたが、重量のハンデを受けても万が一の場面でドライバーが手足のように操ることができるクルマであることが重要だと判断し、AWDで参戦し続けてきたのです。
レースでシンメトリカルAWDに助けられたことは何度もありますが、中でも印象に残っているのは2016年のレースです。レース序盤でコースの一部が突発的な雹[ひょう]に見舞われたのです。私たちのクルマも運悪くその場所を走行していました。一瞬にして氷の粒に覆われて真っ白になってしまった路面で、多くのクルマが制御不能となってコースアウトする中で、カルロ・ヴァン・ダム選手がドライブするWRX STIは滑りながらも最後までコントロールを失わず、前方を遮るクルマとフェンスの間に僅かに残されたスペースを通り抜けて無傷で生還できました。
この場面に象徴されるように、常にドライ路面が保証されているならウエイトハンデのない2WD車の方が有利ですが、そうでないのであれば、AWDにはハンデを超える“安心”というメリットがあるのです。これは、レースに限ったことではありません。SUBARU車にお乗りいただいている方なら、どなたでもカルロ選手と同様の感覚を感じていただけます。それは“気持ち良くドライブできる”ということです。路面状況がドライであっても濡れていても、雪が降っても、シンメトリカルAWDなら常に安心して運転できます。その安心感が、運転する愉しさ、気持ち良さを生むのです。
今シーズンは、レースが一か月遅れの6月下旬開催になります。そのため、今年のマシンはエンジンルームの冷却能力を拡大し、暑さ対策を強化しました。また、昨年水を被り、交換を余儀なくされたエンジンコントロールユニットを完全防水とし、4系統に分かれていた制御系統を統一しました。これにより更にスムーズでコントロール性の高いマシンになっています。連勝を目指して全力を尽くします。
今月の語った人
スバルテクニカインターナショナル株式会社 プロジェクト推進室
NBR プロジェクト主査
静岡で生まれ、兵庫県西宮市の甲子園球場のすぐ近くで育つ。運動会は地域の小学校、中学校と合同で甲子園球場で行なっていた。高校時代には夏の高校野球のサポート役として開会式プレイベントに参加し、歌手のさだまさしさんと一緒に歌った思い出がある。ここ数年は余暇を利用して旅を楽しんでいる。好きなのは沖縄。冬でもあたたかくて癒されるという。飛行機のマイルポイントを貯めるのも旅の楽しみのひとつ。
バックナンバー