開発ストーリー
e-BOXER 篇
SUBARUらしい走りの愉しさを追求した
新パワーユニット
※この開発ストーリーは、2019年3月に掲載されたものです。
新感覚の愉しさと扱いやすさ
SUBARUの新しいパワーユニット「e-BOXER」
2018年に発売されたフォレスターとSUBARU XVに搭載された「e-BOXER」。水平対向エンジンを筆頭に、コンパクトで高性能なモーターとリチウムイオンバッテリーを、左右対称・一直線上に配置した、SUBARU独自の新しいパワーユニットだ。
「e-BOXERに採用されたモーターは、手のひらに載るくらいのサイズです。このモーターは、コンパクトながらおおよそ軽自動車1台分のトルクを発揮します。このモーターの力を使いきり、もともとSUBARUのクルマが持っている愉しさを最大限に引き出す。それが、e-BOXER開発の大きな命題でした。」e-BOXERの制御開発を担当した小室正樹(第二技術本部 電動ユニット研究実験部)はこう話す。
小室が担当したのは、ドライバーのアクセル/ブレーキ操作に対して、エンジンやトランスミッションをどのように動かすかを決める走行制御の開発だ。「e-BOXERは単に燃費の良いだけのクルマを造ろうという思考から生まれたものではありません。あくまでも、コンパクトなモーターの性能を使い切って、SUBARUらしい愉しさをどうしたら実現できるのかを模索する中で生まれたものです。」
すべてのドライバーに、安心と愉しさを
e-BOXERのモーター
「モーターの特長のひとつは、ドライバーのアクセル操作に対するレスポンスの早さです。ガソリンエンジンは、まずシリンダーに空気を入れてから燃料を燃やし、発生したトルクをタイヤに伝えてクルマを動かします。なので、加速するまでにどうしてもタイムラグが生じやすい。その点モーターは、アクセル操作に対して素早くトルクを発生します。使いたい時にすぐにその力を駆動力につなげることができる、これがモーターの特長です。」
この特長は、SUBARUが提供する『安心と愉しさ』につながると小室は語る。「ドライバーがイメージした通りに加速するので、熟練のドライバーはもちろん、たとえば運転に苦手意識がある方でも、運転がしやすいと思います。加減速を頻繁に繰り返す街中でもストレスがなく、きびきびとした軽快感のあるドライブを愉しめます。」
プロジェクトチームは、このモーターの特長を使いきるため、「SI-DRIVE」を活かすことを考えた。SI-DRIVEは、異なる走行性能を選べるドライブアシストシステムだ。e-BOXERを搭載したフォレスターとSUBARU XVでは、穏やかな出力特性の「インテリジェントモード(I)」と、気持ち良い加速を愉しめる「スポーツモード(S)」の2モードから選べる。e-BOXER搭載車では、モードによるキャラクターの違いをガソリン車よりも顕著に出したと小室は語る。
「インテリジェントモードの時のe-BOXERは、『運転のしやすさ』と『燃費の良さ』のバランスを重視しています。具体的には、約40km/h以下の街中で多用する速度域で、積極的にエンジンを停止し、EV走行するよう制御しています。また、幹線道路から側道に入った際や、住宅街をゆっくり走るようなシーンでは、燃費性能だけでなく、その静粛性にメリットを感じていただけると思います。
スポーツモードは、より『愉しさ』を提供するモードです。アクセルを踏んだ瞬間にモーターで加速をアシストするため、アクセルレスポンスが良く、軽快な走りを愉しめます。また、幹線道路への合流や郊外のワインディングでコーナーを抜ける際など、速度で言うと30〜40km/hからの加速は、非常に気持ちよく軽快に感じられると思います。」
システム制御イメージ
モーターの特性が、悪路走行時の安心を生み出す
さらにe-BOXERは、あらゆるシーンで安心と愉しさを提供するため、「X-MODE」との協調制御も加えられている。X-MODEは、SUBARUのSUVの走破性をさらに高める制御システムだ。
「低回転域からすぐにトルクが立ち上がるモーターの特性を活かして、不安定な路面状況での繊細なアクセルコントロールを実現しました。ラフロードでの悪路走破性をさらに高めています。」
小室は、ここにモーターの強みを活かしたと語る。「人が足元の悪い中を歩く時、滑らないか足元を探りながらそっと歩くと思います。クルマで悪路を走る時も同じように、やはり足元を探りたくなります。クルマで足元を探るというのは、アクセルを踏んだら過不足なくレスポンスしてくれるクルマでないとできません。もともとSUBARUのクルマはそれができていると好評でしたが、モーターのレスポンスの良さを活かすことで、走破性をさらに高めることが出来ました。」
重要視してきたのは「自然」なフィーリング
開発にあたって大切にしてきたことは? との問いに、小室は「自然なドライバビリティを実現することです」と答える。
「たとえば、アクセルフィーリング。モーターの加速とエンジンの加速が、違和感なくシームレスに気持ちよく伸びていくよう、モーターの振動を抑える制御を織り込み、滑らかな加速を実現しています。それだけでなく、同じ速度からの加速でも、モーターとエンジンをどう使うかを状況によって細かく制御しています。たとえば幹線道路へ合流する時などは、40km/hの速度からアクセルを踏み続けて50、60km/hの速度へと加速していきます。
一方、前のクルマとの車間を少し詰めるために加速をするような場合は、アクセルを踏み込む時間は長くありません。前者の場合はエンジンとモーターで力強く加速させますが、後者の場合はモーターだけで加速しきるようにしています。車速やアクセルの踏み込み量からドライバーの意図を読み取り、それに沿った加速になるよう、きめ細やかな制御を加えているのです。」
一方、ブレーキフィーリングをガソリン車と変わらない自然なものにするというのも、e-BOXER開発の大きな課題だった。モーターとバッテリーをシステムに組み込んでいるクルマには、減速する時のエネルギーで発電し、そのエネルギーを充電する「回生ブレーキ」という仕組みがつきものだ。
「機械的なブレーキと回生ブレーキが切り替わるため、違和感が生じやすくなります。踏み込みに対してガソリン車と同じようにリニアなブレーキフィーリングを実現するのには、とても苦労しているところです」と小室は振り返る。
「回生ブレーキで充電量を増やすことは、燃費向上につながります。しかしそれと、踏み込みに対してリニアな減速が感じられるブレーキにすることは、実は相反することです。燃費を向上させようと、単純に回生ブレーキで充電する領域を拡げると、ガソリン車とは異なり、踏み始めの効きが唐突で、さらに踏み込むと途中から急に減速度が立ち上がるブレーキになりかねません。もともとSUBARU車が持つ剛性感のあるリニアなブレーキフィーリングを犠牲にせず、できるだけ充電量を増やすバランスを取るため、時間をかけて議論し、慎重に開発をしてきました。」
「安心」も「愉しさ」も妥協しない
小室 正樹氏
e-BOXERのバッテリーは荷室床下に搭載されている。バッテリーはコンパクトなリチウムイオンバッテリーを採用し、ガソリン車と同等の荷室容量を確保している。また、安全性の面でも様々なケースを想定し、検証と対策を怠っていない。
「バッテリーは筐体で保護し、火災や水没時の安全性を確保しました。実際に火で炙ったり、水没させたりして、その安全性能を確認しています。衝突への対応としては、衝撃からバッテリーを守るため、バッテリー周囲をフレームで保護しています。衝突試験は、法律で義務付けられている後方からの衝突だけでなく、ポールなど細いものに衝突したケースでも実験を重ね、バッテリーを保護できることを確認しています。また、バッテリーの寿命を気にされるお客様も多いと思いますが、10年後を想定したシミュレーションを行い、新品時と遜色なく作動するポテンシャルがあることを確認しています。」と小室は教えてくれた。
「『安心』か『愉しさ』か、どちらかだけを追求したクルマを造ることは、難しいことではありません。これを両立しようとするから難しい。でも、そのどちらも妥協しないのがSUBARUらしいクルマづくりだと思います」と、小室は真剣な眼差しで語る。
モーターとバッテリーを搭載しても、走りに有利なシンメトリカルAWD のレイアウトはキープする。ガソリン車と同様の自然な操作フィーリングを実現する。荷室や居住空間も犠牲にしない。新しい走りの愉しさを生み出しつつ、安心も環境への配慮も決して諦めない。どれも譲れないから、その全てが両立する非常に狭い領域を探り、見つけていく。SUBARUのクルマづくりの現場では、今日もそんな開発が続けられている。