SUBARUは、日本代表選手をはじめ、日本カヌー連盟の活動を応援しています。
レガシィ アウトバック、SUBARU XV をはじめとするSUBARU車。
その高い走行性能とユーティリティを活かし
カヌー本体、パドル、ヘルメットやウェア、多種多様なメンテナンス品が必要となる
カヌーという競技を全力でサポートしていきます。
カヌーとは、幾千年の昔から、人々の移動の手段や狩猟、輸送の道具として使用する、水に浮かべる小さな乗り物です。
スポーツとしてのカヌーの起源は1850年ごろに始まり、スコットランド出身の法廷弁護士で冒険家の
ジョン・マクレガー氏の著書をきっかけに普及・発展がなされました。
色々な種類の競技がありますが、オリンピック種目になっている2つの種目を紹介します。
静水面にコースを設置し、その区間内での着順を競う競技。
1人乗りから4人乗りまでの艇にのり、一定の距離( 200m、500m、1000m)と
水路(レーン) を決めて複数の艇が一斉にスタートします。
そのほかリレーや5,000m、長距離などもあります。
コースに吊るされた20前後のゲートを上流のスタート地点から順番に通過して下る競技。
ゲートを通過する技術と、スタート地点からゴールまでにかかった所要時間の両方を競います。
1艇ずつスタートし、ゲート接触、非通過のゲートが有無による減点ポイントと所要時間が
計算され順位が争われる競技で、持久力、パワー、バランスが要求されるスポーツ競技。
幼少時からスポーツ一家で、7歳〜9歳までは器械体操、9歳から父と兄の影響でカヌースラロームを始める。世界レベルで活躍する事を目標に、高校を卒業してすぐ強豪国のスロバキアへ単身渡る。リオ五輪にて、この競技アジア人初となる銅メダルを獲得し一躍カヌーを日本中に知らしめた。スロバキアの首都ブラチスラバの国立大学院を卒業し、東京五輪ではさらなるメダル獲得を目指す。
兄は男子カヌーの第一人者、矢沢一輝。元選手の父と兄が練習する姿を見て小学3年でカヌーを始める。2009年オーストラリアユース五輪3位、日本選手権で初優勝、そして2014年には仁川アジア大会で銅メダルを獲得。NHK杯兼全日本スラローム大会は11年から4連覇を果たし、2016年のリオ五輪では、兄・一輝と兄妹で出場。
五輪も兄妹での出場を目指す。
幼い頃からカヌースラローム競技に触れ、世代別日本代表選手に選出される。
大学時に日本代表Bチームとして世界大会に出場。競技に集中できる環境と指導者を求め大学を退学、山口県に拠点を移し、その年の日本選手権大会で優勝、翌年、翌々年とその後の日本選手権を3連覇する。2014年韓国で行われたアジア大会では優勝を収め、2016年日本人で初となるワールドカップでの決勝進出を果たす。また、同大会で3位に入りこの種目初のメダルを日本にもたらす。翌年のワールドカップにおいても3位に入り実力を証明。
小学校で競技を始め、本荘高校3年時には大分国体(2008年)で2種目を制したほか、筑波大進学後も常にトップレベルの成績を収めてきた。 卒業後は秋田県職員となり競技を離れたが16年秋、日本代表コーチから誘われ、東京五輪を目指し現役復帰することを決意。2017年の愛媛国体では2種目で優勝、2018年ジャカルタ・アジア大会では銅メダルを獲得。
宮城県加美町は、2001年みやぎ国体のカヌー競技の会場でもありカヌーが盛んだった。地元中学にもカヌー部があり、そこでカヌーを始め、高校1年でジュニア日本代表に選ばれインターハイ3年連続優勝。卒業後は競技生活に専念し日本と海外を行き来する生活をする。U-23代表を経て、2013年から日本代表に。2017年に東京五輪で日本が強化種目にしているK-4/500mのメンバーに選ばれる。2016年からは、ロンドン五輪で男子カヤックを28年ぶりに五輪出場に導いたOctavian Ispas氏の元で東京五輪を目指す。