Vol.04北の大地を駆け抜けた
振り子式の特急
キハ281系北海道旅客鉄道株式会社(JR北海道)
富士重工業が鉄道車両の製造を終えてから約20年。
今でも日本各地で多くの富士重工業製車両が活躍しています。しかし、そのほとんどが
製造から長い年月が経過しているため、段々とその役目を終えている車両があるのも事実です。
そんな中、2022年10月に引退を迎えた車両があったのをご存知でしょうか。
私たちは引退前に最後の勇姿を収めるため、
北海道の地を駆け抜けた富士重工業製を訪ねました。
キハ281系
北海道旅客鉄道株式会社
富士重工業製を求めて、北の大地へ
今回訪れたのは北海道札幌市。道内最大の人口を有する、日本最北の政令指定都市です。市内には「札幌市時計台」、「さっぽろテレビ塔」、「北海道大学」など観光スポットが点在しているため、初めて北海道を訪れたらまずは札幌、と思う方も多いのではないでしょうか。取材当日も海外からの観光客や修学旅行中の学生とすれ違うことが多く、観光地らしい空気感がありました。
市内の観光地を巡りつつ、札幌駅へと向かいます。
札幌駅は、札幌と道内各地を結ぶ特急列車に加え、新千歳空港へのアクセスに便利な快速「エアポート」など多くの列車が発着する、JR北海道最大のターミナル駅です。直結の商業施設もあり、地元の人や観光客など多くの人々が行き交って平日の昼間でも賑わいを見せています。今回のお目当てである、キハ281系の特急「北斗」はそんな札幌駅に発着しています。
別れを惜しまれるキハ281系
キハ281系の特急「北斗」は、「スーパー北斗」として1994年3月1日に運行を開始。2020年3月より「北斗」に名称変更しました。取材当時は復刻として「スーパー北斗」という名称でラストラン運行もされました。
札幌駅〜函館駅間の片道約320kmを最速2時間59分で繋ぐ特急列車として活躍しました。観光、ビジネスの利用客を中心に、年間約41万人※1が利用していたそう。しかし、車両の老朽化により2022年10月でキハ281系の車両は引退し、車両を更新することになったのです。
※1:2019年1月〜12月の1年間。東室蘭駅~苫小牧駅間における車内人数の合計。
今回は北海道旅客鉄道株式会社(以下、JR北海道)様にご協力いただき、札幌駅に発着するキハ281系を取材させていただくことに。函館から遥々やって来たキハ281系は札幌駅で折り返し、また函館駅へと向かいます。
車両は5両編成※2を基本とし、混雑時は車両を増やして運行。編成車両のうち、先頭車両・グリーン車を日本車輌製造が、中間車両を富士重工業が担当しました。
※2:当初は7両編成。2021年3月以降より5両編成を基本として運行。
停車しているキハ281系を撮影していると、同じようにカメラやスマートフォンを構えてシャッターを切っている方がたくさんいることに気づきました。
「キハ281系の引退を発表してから、鉄道ファンをはじめ多くの方にお越しいただいています。」と、教えてくれたのはJR北海道 広報部の佐藤秀紀さん。2022年7月13日の引退発表後、『以前、修学旅行で乗車し、一目惚れした』『カーブでの傾きや速度が楽しかった』という声や、『ありがとう』『お疲れさま』といった声が道内、道外のお客様から寄せられたそうです。
そして、この車両に思い入れがあるのはJR北海道の社員の皆さんも同じ。
「実は、このキハ281系の車掌を担当したことがあるんです。数年経験を積まないとこの車両を担当できないので、特別な感じがありました。」そう語る佐藤さんは、懐かしむような表情でキハ281系を見つめていました。
“初めて”だらけの車両
キハ281系は当時にすると新技術、新設備が搭載された車両で、JR北海道として“初めて”のことが多い車両だったのだとか。
まず、キハ281系を語る上で外せないのが、 JR北海道で初めて導入された「振り子式車両」であることです。
振り子式車両とは、車両がカーブを通過する際に発生する遠心力による車両の傾きを制御する機能が搭載された車両のこと。特急のように高速で走る車両が、速度を保ったままカーブを通過しようとすると遠心力が増加し、車両が外側に向かって大きく傾いてしまいます。そこで、カーブで車両を内側に傾けることで遠心力を吸収する「振り子装置」が開発されました。
キハ281系で採用されているのは「制御付き自然振子機能」と呼ばれるもので、あらかじめ走行する線路の曲線情報データを車両側にインプットしています。走行中は走行地点を認識しながらカーブに差しかかる段階で車体の傾きを制御するため、自然な乗り心地を実現しています。この装置のおかげで特急としての速度を保つことができ、道内を走る気動車としては初めての最高速度130km/hの運転を行ったのがキハ281系です。
また、現在では必ず設置されている、車いす対応座席、バリアフリートイレ、多目的室(授乳や体調の優れないときに使える個室)をJR北海道として初めて設置。他にもオープンカウンター式の車掌室など、サービス設備の整った車両として好評だったそう。
28年間、車両を保ってきた整備士・運転士の力
整備面では、振り子装置や新しい設備を搭載したキハ281系ならではの苦労があったそうです。
まず、振り子式車両は一般的な車両と比べて摺動部※3や可動部が多く、部品点数も多いため、整備では相応の技術が求められ、日常の整備ではこまめなグリスアップ※4など、とても手間がかかったそうです。また、キハ281系のドアは、ドアを閉めると車体外壁とフラットな状態になる構造。密閉度が高いため、雪や風の侵入に対して有利でしたが、これも複雑な機構で部品点数も多いことから、点検、整備には高い技術力が求められました。
※3:ギヤなど、互いに擦れながらすべって動く部分のこと
※4:可動部にグリスを注入し、動きを滑らかにして磨耗を抑えること
他にも運転面ではこんな苦労話も。
『振り子装置の正常時と異常時ではカーブを通過する速度が違うため、装置が正常に動かない時は運転操作に細心の注意を払わなければならない』
『積雪時は車両に付着した氷や雪が走行中に落下し、線路上のバラスト(線路のマクラギ下に置かれている砂利)を跳ね上げる現象が発生する。飛散防止のためにトンネルでの運転最高速度を100km/h以下に制限していたため、通常と冬季の運転操作の違いに苦労した』など、繊細な車両だとわかるエピソードを教えていただきました。
たくさんの方に愛され、整備士・運転士の皆さんが苦労しながらも運行を続けてきたキハ281系ですが、ついに役割を終えることに。
多くの方に見送られながら迎えたラストラン
「ラストランとなる列車(2022年10月23日の札幌発,函館行)の指定席券(389席)は発売開始からわずか4秒で完売したんですよ。」ラストラン前の取材では、佐藤さんがそう教えてくれました。4秒という数字に衝撃を受けるとともに、この車両の最後を見守りたい方が全国各地にいることがわかり、嬉しくなりました。
取材から数日後、ラストランの様子をお聞きするため、改めてお話を伺いました。
当日は、停車駅である札幌駅、東室蘭駅、函館駅をはじめ、通過駅のホームや沿線からも多くの方が見送っていたそう。カメラやスマートフォンを手に、最後の勇姿を写真・映像に収めたり、ご自身で作ったプラカードを掲げたりと各々の思いを胸にキハ281系を見送っていたのだと想像できます。
また、最終列車が到着する函館駅では、約400名のお客様がホームで列車の到着を待ち、列車から降りてきたお客様と一緒に、車庫に入る車両の出発をお見送り。北海道各地で多くの方に見送られ、キハ281系は2022年10月23日に28年の歴史に幕を下ろしたのです。
なお、札幌と函館を結ぶ特急「北斗」は新型車両に引き継がれ、引き続き運行を行います。
次の富士重工業製へと受け継いでいく
キハ281系は引退してしまいましたが、2023年春から、キハ281系と同じ振り子式車両のキハ283系が運行することが発表されています。実はこのキハ283系、全ての車両が富士重工業製!
キハ283系は、1997年3月に札幌駅〜釧路駅間の特急「スーパーおおぞら」としてデビュー。一部の車両は、一時期キハ281系に組み込まれ特急「スーパー北斗」の増結車両としても使用されていた、キハ281系に縁のある車両です。2022年3月のダイヤ改正で札幌駅〜釧路駅間の定期運用を終えましたが、石北線での運用に必要な改修整備を経て2023年春から札幌・旭川と網走を結ぶ特急「オホーツク」「大雪」として再び走り出します。
北の大地で役目を終えた富士重工業製車両、キハ281系。次なる富士重工業製車両のキハ283系へとバトンを渡し、人々を運ぶ役目が受け継がれていきます。
別れは寂しいものですが、新たに走り出す富士重工業製の元へ、またいつぞや訪れてみたい、と今後の期待に胸が膨らみました。
北海道旅客鉄道株式会社Hokkaido Railway Company
北海道地方を中心に旅客鉄道等を運営する鉄道会社。通称はJR北海道。
鉄道営業キロは2,372.3km。1日あたりの列車運転本数は1,227本で、列車運転キロは85,904.2kmに上ります。(2022年4月現在)