富士重工業製を訪ねる Visit Fuji Heave Industries, Ltd.

Vol.01渡良瀬川沿いをのんびりと旅する
レールバス
わ 89-314わたらせ渓谷鐵道株式会社

かつて、富士重工業株式会社(現・SUBARU)が製造していた鉄道車両の中には、
バスの車体をベースにした「レールバス」と呼ばれる車両があります。
その「レールバス」が、生産から30年以上経った今でも現役で運用されていると聞き、
「わたらせ渓谷鐵道」で活躍中の富士重工業製車両を訪ねました。
そこには耐用年数を超えた車両を維持し続ける運転士、整備を担う車両課の皆さんの努力がありました。

Vol.01

わ89-314

わたらせ渓谷鐵道株式会社

大間々駅から「わ89-314」に乗車。

わたらせ渓谷鐵道は、桐生駅(群馬県桐生市)からみどり市(群馬県)を経由し、間藤(まとう)駅(栃木県日光市)まで、渡良瀬川沿いを運行するローカル線です。車窓から見える景色は四季折々でそれぞれの魅力があり、どの時期に訪れても楽しむことができます。現在、富士重工業製の車両を2両運用中ということで、その車両を訪ねて群馬県みどり市に足を運びました。

百聞は一見に如かず。まずは乗ってみようと、わたらせ渓谷鐵道本社がある大間々駅(群馬県みどり市)から、富士重工業製の「わ89-314」に乗車しました。後半でも詳しくご紹介しますが、現在も営業運転をしている2両は導入から30年以上が経過しております。
無人駅が多い『わたらせ渓谷鐵道』ですが、比較的大きな駅舎の大間々駅は有人駅です。切符の自動券売機の使い方に戸惑っていると、駅員さんが丁寧に教えてくれ、無事に購入。「まもなく列車が参りますので、ホームでお待ちくださいね」と笑顔で送り出してくれました。

大間々駅に到着した314大間々駅に到着した314。

自動改札機は設置されていないため、切符を買ったらそのままホームへと向かいます。
しばらくすると「カン、カン」という列車接近ベルの音と共に、1両編成の「わ89-314」が到着。バスの乗降口のような折り戸が開き、乗客を迎えてくれます。
乗車してからまず目につくのは、レトロな風合いの真っ赤なシート。よく見ると所々が擦り切れていて、長い間この車両が運行し、たくさんの人々を乗せて走ってきたことを物語っています。

14の車内は、いわゆる“ボックス席”と言われるクロスシートと壁に沿ったロングシートを組み合わせた「セミクロスシート」314の車内は、いわゆる“ボックス席”と言われるクロスシートと壁に沿ったロングシートを組み合わせた「セミクロスシート」。
バスらしさを感じる折り戸バスらしさを感じる折り戸。

私たち取材スタッフがこの地を訪れたのはちょうど盛夏の頃。車窓から青々とした緑や涼しげな渡良瀬川の流れを眺めていると時間も忘れてしまいそうです。駅で停車すると、開いたドアの外からセミの声が。目だけではなく、耳でも季節を感じつつ、心地よい時間が流れていきました。

車両前方の車窓から車両前方の車窓から。
各駅、趣のある駅舎も必見です!写真は上神梅(かみかんばい)駅各駅、趣のある駅舎も必見です!写真は上神梅(かみかんばい)駅。
車内では富士重工業時代に使用されていた、懐かしい「マルフ」のロゴを見ることができます車内では富士重工業時代に使用されていた、懐かしい「マルフ」のロゴを見ることができます。

「わたらせ渓谷鐵道」は基本的にワンマン運行ですが、乗客数が多いと見込まれる日は車掌さんが乗車し、車内でグッズや切符を販売するそうです。この日も、車内販売が行われていて、時々乗客が切符を購入していました。
今ではすっかり見かけなくなった、切符に鋏を入れる光景に、タイムスリップしたような気持ちに。切符を手渡す車掌さんの笑顔が印象的で、大間々駅で親切にしていただいた駅員さん同様、人のあたたかさも感じられる旅気分を味わうことができました。

車掌さんによる車内販売の様子。オリジナルグッズについて丁寧に教えてくれます車掌さんによる車内販売の様子。オリジナルグッズについて丁寧に教えてくれます。

ちなみに、この日同乗していた車掌さんはこんなことを話してくれました。
「日々、この鉄道に乗っているので四季折々の景色や、どんな場所を走るのかを自分の目で見て、よく知っています。そこで知った魅力をお客様に伝えることができるのがこの仕事の楽しいところです」
歴史的価値のある車両や豊かな自然に注目しがちですが、わたらせ渓谷鐵道の魅力はそこで働く人々にもありました。

『わ鐵』、創業時から共に歩んできた12両

富士重工業製の車両についてもっと詳しく取材するため、わたらせ渓谷鐵道株式会社にお邪魔し、代表取締役社長の品川知一さんにお話をお聞きすることに。

まずは、品川さんからわたらせ渓谷鐵道の歴史を教えていただきました。
「わたらせ渓谷鐵道は、足尾銅山の鉱石輸送のために線路が敷かれたのが始まりです。大正時代には国有化され、国鉄分割民営化後は、JR東日本足尾線となりましたが、平成元年3月29日にわたらせ渓谷鐵道がこれを引き継いで営業を開始しました。現在でも、『わ鐵』や『わた渓』などの愛称で呼ばれ、沿線住民や鉄道ファンに親しまれています」

全長44.1kmの『わ鐵』は、豊かな自然の中をのんびり走ります全長44.1kmの『わ鐵』は、豊かな自然の中をのんびり走ります。

これまでに導入された富士重工業製の車両

車両 登録年月日 廃車年月日 状態
わ89-101 1989年1月25日 2013年3月31日 大間々駅にて静態保存
わ89-102 1989年1月25日 1989年5月14日 廃車
わ89-201 1989年1月25日 2010年12月1日 廃車
わ89-202 1989年1月25日 2008年11月30日 廃車
わ89-203 1989年1月25日 2009年6月30日 売却
わ89-301 1989年2月2日 2011年10月5日 廃車
わ89-302 1989年2月2日 2015年3月31日 大間々駅にて静態保存
わ89-311 1990年3月16日 2016年11月30日 廃車
わ89-312 1990年3月16日 2019年1月21日
公募にて譲渡。
ナグモコーポレーションに譲渡
わ89-313 1990年3月16日 運用中(2021年9月現在)
わ89-314 1993年4月25日 運用中(2021年9月現在)
わ89-315 1993年4月25日 2021年2月15日 廃車

平成元年の設立時から富士重工業製の車両が導入され、これまでに導入されたのは全部で12両。2021年現在、現役で走っているのは「わ89-313(わたらせⅡ)」、「わ89-314(あかがねⅢ)」の2両のみです。どちらもわたらせ渓谷鐵道が所有する、現在運用している普通車両の中で最も古いのだそう。

もう一台の富士重工業製車両313はこの日、整備中でしたもう一台の富士重工業製車両313はこの日、整備中でした。
運用中の314。運用中の314。

平成元年1月〜2月に導入した7両で営業を始めた、わたらせ渓谷鐵道。車両はJR貨物の機関車が車両を牽引する、「甲種鉄道車両輸送」という方法を用いて、富士重工業がかつて鉄道車両を製造していた宇都宮車両工場から、JR日光線鶴田駅、両毛線桐生駅などを経由して運ばれてきました。
最初に運ばれてきたのは、101「こうしん」、102「ようがい」、201「くろび」、202「けさまる」、203「あづま」の5両です。

平成元年1月、輸送される5両が両毛線山前駅に停車する様子。ディーゼル機関車に5両を繋いで輸送しました。平成元年1月、輸送される5両が両毛線山前駅に停車する様子。ディーゼル機関車に5両を繋いで輸送しました。

「わ89」の特徴といえば、「あかがね色」。しかし、当時の写真を見るとカラーリングが違うようです。これについて品川さんがこう教えてくれました。

「現行の車両は『あかがね色』に塗られていますが、当初導入された5両は車体下半分がベージュ、上半分が各車異なる色のツートンカラーで、窓下には地元の動物たちが行進する様子がシルエットで描かれていました。1998年頃から順次、塗装工事を省力化するために『あかがね色』一色に変更されました。101は運行終了直前に当時の塗色を復元し、終了まで運行しました。現在、101は大間々駅で展示されています」

大間々駅で展示されている101。大間々駅で展示されている101。
100代、200代の車両はデビュー当時、ツートンのカラーリングがされていました。写真は202。100代、200代の車両はデビュー当時、ツートンのカラーリングがされていました。写真は202。

大間々駅舎の隣に展示されている101は、当時のカラーリングやヘッドマークが当時のままの状態で保存されています。車体には、富士重工業製であることがわかる銘板も!車両をじっくり間近で見ることができるので、列車が到着するまでの待ち時間におすすめです。

「宇都宮 富士重工 平成元年」と書かれているのがわかります。「宇都宮 富士重工 平成元年」と書かれているのがわかります。
101の車内。開業時はロングシートやクロスシートなど、様々なシートレイアウトの車両が導入されました。(現在車内の一般公開は行っておりません。)101の車内。開業時はロングシートやクロスシートなど、様々なシートレイアウトの車両が導入されました。(現在車内の一般公開は行っておりません。)

奇跡の裏にある努力

「わたらせ渓谷鐵道」で採用されたのはバス車体を基本とした「レールバス」。当時各社で製造されていた車両の中でも、バス車体を基本とした車両は比較的軽量で燃費もよく、コスト面でも重宝されたからです。

では、「レールバス」とは一体どのような車両なのでしょうか?

「『レールの上を走っているバス』と考えていただけると、わかりやすいのではないでしょうか。比較的長い年数を走ることのできる電車とは違い、ボディがバスと同じ作りなので耐用年数がそこまで長くはありません。現在運用中の2両はとっくに年数を超えた状態で運行しています。あれこれ配慮しながら走る運転士、メンテナンスを行なう車両課の技術の賜物です。骨董価値がとても高い車両ではありますが、その分動かすだけでも相当の技術が必要な車両ですね」

運行ダイヤを決めていても、当日になって急に走ることができなくなり、別の車両を運行することも増えたのだそう。「走っているだけでも奇跡です」と品川さん。

また、こんな苦労話も教えていただきました。
「もう何十年も走っているから、暑い時期になると冷房がうまく効かないんです。そのため、暑い日は乗客の皆様にうちわをお配りする時もありますし、乗務員には熱中症対策として塩分補給の飴などを渡しています。また、車両の方がオーバーヒート気味になっていたら、水をかけてあげることもあるんですよ」

沢入(そうり)駅では、梅雨時の紫陽花とのコラボレーションもみどころです。雨に濡れた「あかがね色」のボディも魅力的。沢入(そうり)駅では、梅雨時の紫陽花とのコラボレーションもみどころです。雨に濡れた「あかがね色」のボディも魅力的。

車両の魂は、今日も生き続ける。

これまで廃車になった車両について、こんなお話も聞くことができました。
「富士重工業も2002年に鉄道車両の製造を終えてしまい、もう部品がないので『わ89』の車両が廃車になると、そこから部品を取っておくんです。小さなねじから広告を掲載する枠に至るまで、使えるものは全て保管して、現在運用中の車両に再利用します。廃車になった車両が運ばれていくのを見ると切ない気持ちになりますが、ねじ一本まで本当に大切に扱っています」

きっと101を始めとする過去の車両の部品も現在走っている313、314の中でまだ生き続けているのかもしれません。これまでに廃車となった車両の魂が受け継がれ、今日もたくさんの人を乗せて走っています。
富士重工業製の車両「わ89」は、関わる全ての人々から愛されているからこそ、30年以上経った今でも走り続けることができているのです。

お話を伺った品川さん。お話を伺った品川さん。

わたらせ渓谷鐵道Watarase Keikoku Railway

平成元年3月29日に営業を開始。
群馬県桐生市の桐生駅からみどり市の大間々駅を経由し、栃木県日光市の間藤駅まで、渡良瀬川沿いを運行する。普通列車に加えてトロッコ列車も運行しており、生活路線と観光路線との両面を併せ持つ。『わ鐵』や『わた渓』などの愛称で呼ばれ、沿線住民や鉄道ファンに親しまれている。

※「わ89」は運行を休止する場合もございます。ご了承ください。

わたらせ渓谷鐵道株式会社
〒376-0101
群馬県みどり市大間々町大間々1603-1
電話 (0277)73-2110(代表)

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